白いワンピースから透けて見えること            横田 尚美 


  白いワンピースが、ハイファッションであり、宮廷衣装であった時代がある。

 その流行は、18世紀の後半、産業革命の起こったイギリスに登場した白い木綿のドレスに始まる。

 

 そもそも木綿は、西欧人にとっても日本人にとっても、長い歴史から見れば

 新しく画期的な素材だった。

 軽く肌触りがよく、絹や毛織物と違い、簡単に洗うことができる。

 西欧に木綿がもたらされたのは、
大航海時代から一世紀が経った17世紀のこと。

 インド綿にエキゾチックなプリントが施されたインド更紗が人気となる。

 

 この後、プリントは西欧にプリント産業を興し、

 木綿はイギリスで紡績・製織ともに一大産業を形成して行く。

 木綿産業を合理化させた産業革命は、イギリスを西欧の人々が憧れる国にした。

 

  木綿も、新素材として注目される。

 18世紀後半の絵画を見ると、イギリスでもフランスでも貴婦人は

 白く薄く柔らかい木綿のワンピース姿で描かれている。

 まるで肌着のようなのでシュミーズドレスという。

 

 あのマリー・アントワネットも例外ではない。これはさらにシンプルな形となって、

 ナポレオンの時代、つまり第一帝政時代(1804−15年)の宮廷衣装となった。

 

 それ以前ロココ時代の宮廷衣装は、コルセットによって

 細く締め付けられたウエストと横広がりのスカートが特徴だった。

 

 フランス革命を経て登場したのは、まったく逆といってもよい、

 ハイウエストでスカートが広がらない服だ。

 価値観の転換とも考えられるし、同時代の古代リヴァイヴァルブームの一環ととらえることもできる。

 いずれにせよ、この白いワンピースが女性の身体を解放する画期的な服であることは間違いない。

 

 ところがだ…。その実態は、女性を解放するものではなかった。私たちの目から見ると

 まるでネグリジェのように見えるドレスを、当時の高貴な女性も金持ちの家の女性も、

 夏冬問わず着用した。

 

 西欧は、日本より緯度が高い。今のような暖房設備などもない。

 豪邸で大理石に囲まれていたら、さぞひんやりしたのではないか。

 

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  それでも彼女たちは、

 ごく薄い織物モスリン製の

 白いワンピースを着用した。

 

 その結果、

 冬には多くの女性が風邪をこじらせて

 亡くなったというのだ。

 これをモスリン病という。

 

 なんと馬鹿馬鹿しい!と笑うのは簡単だ。

 けれど、考えてみてほしい。なぜ彼女たちは

 身を削ってまで白いワンピースを着たのか。

 

 それは、夫や父親の権力や財力を示すためだったのだ。

 

 こんな男女関係は過去のものだ!と言い切ることが、今、果たしてできるだろうか…?

  

 なお、日本人と木綿との出会いについては、柳田国男の『木綿以前の事』(1955年)が示唆深い。

 

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